書評『起業の天才!』大西康之

 江副浩正という人物をご存知だろうか。彼がこの本の主人公、つまり「起業の天才」である。

 彼はリクルートの創業者である。リクルートといえば、時価総額ランキングにおいて日本6位の大企業である。そうであるにも関わらず、彼の名前があまり知られていないのはなぜか。それは、彼の波乱万丈な人生にヒントが隠されている。

 この本は、彼がリクルートを興し、大企業にした後、没落していく様子を克明に描く。なぜ彼はリクルートを興したのか。なぜ彼はリクルートを大企業にすることができたのか。なぜ彼は日本社会に潰されたのか―。

 

 この本は三部構成となっている。

 第一章では、彼がリクルートを興し、成長させるまでの様子が描かれている。いわば、江副浩正の立志伝となっている。まるでTBSの日曜劇場のような、ドラマチックな日々が描写されている。

 リクルートのはじまりは、東大の学生新聞であった。アルバイト代目当てに活動に参加するようになった江副は、学生新聞の広告欄の販売でブレイクする。当時は、コネ入社から自由な就職活動へという変化の時期でもあり、学生新聞の広告欄には、優秀な学生を集めたい企業からの出稿申請が殺到した。ネットのない時代、情報を得ること・発信することは難しかった。この経験から、江副は「情報の橋渡し」に勝機を見出し、就活や不動産販売、中古車などに関する情報誌を多数出版し、リクルートを大きくする。

 

 第二章・第三章では、江副の変化が描かれる。ベンチャー企業から大企業に変わること、それは、日本社会からの目線が変わることをも意味していた。

 情報誌で基礎を固めたリクルートは、「人事狂」の江副が集めた優秀でガッツのある社員の活躍により、さまざまな事業で成功を収めるようになる。売上高で電通を超えるなど、リクルートは大企業になっていた。さらに上を目指す江副とリクルートであったが、そこには大きな壁が立ちはだかった。当時、時価総額で最上位を占めていたのは、三菱や三井といった財閥系の企業であった。彼らは政治家と親密な関係をもつことで、リクルートに先駆けて新しい情報を手に入れ、先に行動していた。彼らを目指す江副は、ついに政治の世界に目を向けることになった。

 大企業には品位ある行動が求められた。政治家に対する過剰な支援が明らかになったリクルートは、政治家とともに、日本社会の敵だとみなされるようになった。世論が法律を上回り、リクルートは非難の目を向けられるようになった。これが後にいうリクルート事件であった。江副はリクルートを離れざるを得なくなった。

 

 著者は、リクルートの歴史を語ることを通じて、日本社会の体質を描こうとしている。なぜ日本はアメリカと違って、有望なベンチャー企業の数が少ないのか。なぜ起業家が少ないのか。こうした問を、我々は何気なく口にして、あるいは自分が彼らを応援する側の人間であるかのように振る舞ってしまう。しかし実際は、部活動における過剰な上下関係の信奉者になったり、学校の外で活躍するクラスメートに否定的な言動を繰り返したりしている。そういう雰囲気こそが日本を閉鎖的なものにしているのではないか、これが著者の最大のメッセージであると考えられる。

 この本は、仕事術という点でも大変参考になる本だ。本の中では、ダイエーの社風とリクルートの社風が対照的に描かれている。活躍する社員は、自らの二つ上の視座で物事を考える、ということがよく言われる。社員みんなが当事者意識を持つこと、これこそリクルートが躍進した大きな要因ではないか。そして、そんな組織を作ることのできた江副の考え方というのは、当時はとても先駆的だった。